大阪府立食とみどりの総合技術センター主任研究員 川井裕史


人家のすぐ横に出てきたシカ
(大阪府能勢町にて)

 はじめに
 私は今、大阪府立食とみどりの総合技術センターという研究所(農業試験場と畜産試験場と林業試験場と淡水魚試験場を合わせたところです)でシカの研究に携わっています。このことを大阪に住む人に話しますと、皆さんから同じような反応が返ってきます。「え?シカ?奈良公園の?」。いえいえ、違います。特に淀川より南に住む方には信じられないかも知れませんが、大阪府にもたくさんのシカが住んでいるのです。そう、淀川から北の北摂地域の山は、野生のシカの生息地なのです。大都市大阪から車で30分ほどのところにシカという大型の哺乳類が生息しているのです。これはすばらしいことと言えるでしょう。
 しかし、その地域の住民にとっては、いいことばかりとは言えません。かわいいシカたちですが、色々と問題を起こしているのです。田畑には人間が食べるための稲や野菜が植えられていますが、これはシカの好物でもあります。そのため、人間社会のルールなど知らない野生のシカにとって、田畑は絶好の餌場になっているのです。ヒノキなどの若い苗木の葉や樹皮などもシカに食べられてしまい、困っています。
 交通事故も大きな問題です。はねられて命を落とすシカにとっても大問題ですが、はねた車の方も大きな打撃を受けますし、場合によっては人身事故にもなります。
 こうした問題を解決し、うまく共存していくためには、シカという動物の性質や生息状況をよく知る必要があります。そこで現在、様々な調査を実施しています。その中で今回は、シカの行動パターンに関する調査について説明します。

ライトセンサス
 ライトセンサスは夜間にシカの生息地を車でまわり、調査者が手に持ったライトの光の中に浮かび上がるシカをカウントする調査法です。これは夜間になると人里近くに下りてくる(このことはあとでまた、説明します)シカを調査するのには適した手法です。なぜでしょう?
 シカは夜に行動する動物です。ですから、瞳孔(どうこう;ひとみのこと)は人などの昼に行動する動物と比較してとても大きく、さらには網膜(もうまく;目の中の、光を感じる部分)の裏に反射層を持っています。少しの光も無駄にせず受け取るための仕組みです。この特徴から、シカの顔に夜、光を当てると、目が反射して光るのです。
 初めて見た方は皆驚くのですが、この目の光は、夜の闇の中では、かなりはっきりと目立ちます。ですから、昼間では発見できない遠くのシカや藪の中のシカも発見することができるのです。
 上の写真は、ライトセンサスの時のものです。夜になると大阪のシカは、このような人家のすぐ裏まで出てきているのです。車からシカまで20m程しか離れていませんが、これぐらいの距離なら彼らはすぐには逃げずにこちらをじっと見ていることが多いのです。もっと近い距離の場合は林の中にさっと駆け込んでいきます。そのような時は、警戒のために広げたお尻の白い毛だけが闇に浮かび上がることになります。

ラジオテレメトリーの様子
手に持っているのが樹脂製の
素子のアンテナ
GPS首輪を装着したシカ

ラジオテレメトリー
 捕獲したシカに発信器付き首輪(ポッ、ポッと、微弱な電波を一定間隔で発信します)を付けて生息地に帰し、その後、レシーバーとアンテナを使って居所を調べる手法です。
 いままで色々なアンテナを試してみましたが、今では藪の中で引っかけても折れにくい樹脂製の素子のアンテナか、アンテナと一体のハンディーな受信機をもっぱら使っています。
 これまでの調査の結果、メスジカは比較的狭い、1km四方程度の範囲で移動しているのに対し、若いオスジカは時として道や川を超えて、数kmに及ぶ大きな移動をすることが分かりました。

GPSテレメトリー
 先のラジオテレメトリーの進化した形がこれです。2年前から関西地域のシカの調査では初になるこの調査を始めています。
 GPSとは、グローバル・ポジショニング・システムの略で、カーナビゲーションのように人工衛星からの電波を受けて緯度経度を調べるシステムです。この調査に使うGPS首輪は、設定した一定時間ごとに位置情報を計測し、記録する機能を持っています。これを使えば、例えば1カ月間連続で1時間ごとにシカの位置を正確に測定、というようなことが可能です。このGPS 受信機の機能の他に、パルス信号を出す機能も持っています。この信号によって、首輪を装着したシカが行方不明にならないよう、追跡します。この電波発信には追加機能があって、首輪が動いていないときには一分に40回のパルス、動いているときには1分間に60回のパルス、動かなくなって一定期間が経ったときは1分間に80回のパルスと、発信の間隔が変わるのです。これによって首輪を付けた動物の状態をチェックすることができます。
 さらにもう一つ、重要な部品があります。それは、ドロップオフ装置です。GPS首輪を回収してデータをコンピュータに取り込むために、一定期間が経ったらシカから首輪を外す装置です。ドロップオフが働いて首輪が落ち、パルスが1分間に80回になったら、電波の方角を目印に首輪を回収に行くのです。
 これまでの調査の解析の結果、農耕地を餌場にしているシカは、深夜の0時から3時頃に農地に現れ、昼間の12時から15時あたりは山の尾根にいて、その中間の時間帯はなだらかな山裾付近にいることが分かりました。そういうことで、我々がライトセンサスをしている日没から数時間という時間帯は、シカが山裾にいる時間帯だったわけです。一方で、農耕地から離れた山のシカは、夕方に餌の豊富な川沿いなどに現れて、深夜には山の中に帰っていました。どうやらシカたちは人間の活動に合わせて行動を変化させているようです。

GPS首輪を無事回収し、記念撮影
写真中央の人物(筆者)が右手に持っているのがGPS首輪、左手に持っているのがハンディーな受信機

最後に
 今回紹介した以外にも、交通事故などで死亡したシカの調査や、生息地内の糞の量の調査、捕獲されたシカの歯からの年齢の推定など、様々な調査を行っています。こうしてシカをよく知ることで、彼らとのよりよい共存関係を築いていければ、と考えています。

(かわい ゆうじ)