1927年に日本で初めて太郎というオスが来園し、
当園でのチンパンジーの飼育が始まりました。
そして現在、オスは、リッキー(21歳)、レックス(12歳)の2頭、メスは、アップル(23歳)、プテリ(22歳)、ミナミ(20歳)、ミツコ(16歳)と、今回生まれたレモンの5頭を飼育しています。
 2年前から繁殖を目的として、レックス、ミツコ、アップルの3頭でペアリングを始めました。2003年10月18日、アップルに当園で初めての赤ちゃんレモンが誕生しました。続いて2004年1月6日にミツコが出産しましたが、うまく子育てができずに1月13日に残念ながら死亡してしまいました。
 アップルは多摩動物公園のチンパンジーの群れで生活し、姉弟の面倒をみた経験もあるせいか初めての出産にも関わらず上手に子育てをしています。ミツコはそういった経験がなかった個体ですが、現在のアップルの育児を見て今後どう影響するか期待しています。
 子育ての方法は、今号の松沢先生の記事にもあるようにさまざまなケースが考えられます。大きく分けると、人が育てるか親にまかせるかという事になるでしょう。しかし、チンパンジーとして育つためには母親と仲間に育てられる事が何よりも大切です。そういう意味でも当園では、人が育てるという方法は選択していません。
 では、現在、順調に育っているアップル親子の繁殖から育児の経過を紹介していきましょう。
歯が出てきたレモン
サンルームでのアップルとレモン。アップルの母乳を飲んでいます


 母親のアップルは1981年12月18日に多摩動物公園で生まれ10歳で当園に来ました。父親のレックスは1992年12月12日にシンガポール動物園で生まれ、生後7カ月で母親のプテリに抱かれてやって来ました。プテリ親子は当初は群れとは別に飼育され、徐々に群れの個体と見合いをしながら、レックスが7歳のときに全頭での群れ生活を始めました。その2年後9歳頃からミツコ・アップルに対してマウンティングを始めました。レックスの成長やそれに伴うオス同士の闘争や繁殖を考えて、前述したような組み合わせのペアリングを始めました。

 一般的にはオスの性成熟は13〜15歳です。飼育下では少し早く11歳を過ぎなければ繁殖は無理という思い込みがありました。それに加えて、アップルはオス並に体が大きい個体で妊娠しているように見えなかったため、出産を発見した時には本当に驚きでした。(出産直後の話はネット版「なきごえ」2004年2月号を見てください)。その日の午後に心配していた哺乳も確認しました。以降の様子を記録から拾ってみましょう。

2日目
●母子とも健康、喉が乾いているのか水を2回に分けて2リットル与える。
3日目
●通常餌は少し残している。水1リットル飲む。しばらく屋外展示ができないので、日当たりの良いサンルームに移動させる事にする。移動時もキョロキョロしているが興奮もせずスムーズに移動した。サンルームでは落ち着いているが、寝室にする育児室の窓を気にして落ち着かない。
4日目
●母子とも健康。水は300ccだけ飲む。
5日目
●朝から3時半までサンルーム展示。夕方ミルク臭の便を確認する。
6日目
●母子とも健康。9時40分サンルームで哺乳確認。1時30分に乳首から母乳が出ているのを確認。アップルが自分の母乳を飲んでいた。
7日目
●9時半にサンルームへ移動。朝昼夕と各500ミリリットル水を飲む。アップルは、まだ少量出血している。
8日目
●女の子であることを確認。少量の出血あり。
9日目
●小便を確認する。出血はない。
10〜16日目
●母子ともに健康。出血はなく、水もあまり飲まなくなった。
17日目
●獣医師と飼育主任が様子を見に来た時にアップルはかなり興奮していた。
18・21日目
●出血を確認。
24日目
●休園日。午後から1時間、母子のみを運動場に出す。うろうろして落ち着かない様子。
31日目
●母子ともに健康。休園日。父親レックスと母子を運動場で同居させる。問題なし。
35日目
●レックス、ミツコと運動場で展示を始める。問題もなく平常通りであった。
37日目
●目で物を追い、「アーアー」と声を出す。目が見えていることを確認。
45日目
●休園日。母子とリッキー・ミナミを運動場で同居。問題なく平常通りであった。
47日目
●母子ともに健康。報道公開をする。
100日目
●2日前の寒さでアップルが鼻水、くしゃみ、咳をしていたのでかぜ薬シロップを朝夕に投与する。鼻水・くしゃみ・咳は3〜4日で治まる。
133日目
●下の歯が少し出てきているのを確認。
156日目
●ヨーグルト、イチゴを格子の間から口に持っていくと少量食べる。
170日目
●下の歯4本、上の歯2本が生えている。扉の格子を握ってつかまっている。
171日目
●ヨーグルト小さじ1杯ぐらいとブドウ2粒を食べる。
180日目
●この間、同じ量を食べる。
190日目
●ヨーグルトをスプーンに3杯くらいとブドウ5粒を食べる。
200日目
●食べる量が少しずつ増えている。
210日目
●ヨーグルト半分とブドウ7〜8粒位食べている。
220日目
●ヨーグルト・ブドウの他にも母親アップルが食べている餌を少しずつかじっている。運動場では母親から少し離れて遊ぶようになった。

 

以上のようにアップルの子育ては順調ですが、当園のチンパンジーの今後の繁殖には一つ問題があります。
「種の保存」上、亜種間の繁殖はタブーとなっているからです。レックスおよび母親のプテリの亜種が不明であるからで、そのため今後は繁殖を見合わせなければなりません。現在、世界的規模で進む環境破壊によって野生動物の重要な生息地が減少し、多くの動物たちが絶滅の危機に瀕している現状では、亜種を守っていくことは動物園の重要な役割のひとつになっています。

飼育課:松村幸治・早川 篤