2003年4月号で動物の治療についてお話をしましたが、
その続きとして、治療にまつわるエピソードなどをお話したいと思います。

その1 治療は命がけ?

 動物に薬を注射する場合、動物が暴れると注射ができません。また、注射している途中に急に動くと針が折れることがあるので、動かないように動物を保定する必要があります。保定は飼育担当者にお願いしますが、動物病院に入院している場合などは、獣医も保定することがあります。ニホンコウノトリが脚を骨折して入院した時の話ですが、注射をするため保定しようとニホンコウノトリの前に立ったところ、嘴(くちばし)で私の顔をめがけて突いてきました。なんとか避けようとしたのですが、右下あごに当り、殴られたような痛みを覚えました。治療を終えて鏡を見たところ、頬にカッターナイフで切られたような10cm程のキズがあり出血もありました。鳥の嘴が武器であることを改めて思い知らされました。鳥の嘴は鋭く、小型の鳥といっても侮れません。フンボルトペンギンにも嘴ではさまれたことがありますが、ハサミで切ったような傷を負いました。
 また、グリーンイグアナの体に親指位の大きさの膿瘍を切り取る手術をしたとき、暴れないように麻酔をして眠らせました。しかし、治療が終わってもなかなか目を覚まさないので、素手でイグアナの口を開けて酸素を吸わせていたところ、突然イグアナが目を覚ましました。イグアナは驚いて私の手をガブリ、私はカミソリで切られたような切り傷を負いました。病気とはいえ動物に対する油断は禁物です。

その2 物言わぬ患者

 私たち人間は体の具合が悪い場合病院ヘ行き医師に体のどこが痛いとか、どのような痛みなのかを訴えるわけですが、動物は人間の言葉を喋ることはできませんので、病気の状態を完全に把握することは困難です。出血しているとか、歩き方がおかしいとか、下痢をしている等飼育担当者が連絡してくれますが、「胃が痛い」とか「呼吸がくるしい」とか動物は言ってくれませんので、くわしい症状を把握できません。
 ある時アムールトラの下腹部から出血していると飼育担当者から連絡がありました。乳房が腫れて出血しているのを認めたので、麻酔をして診察したところ大人のこぶし位の大きさの腫瘍(癌)が1つ認められました。それが地面に擦れて出血していることがわかり、早々に患部を切除しました。手術は成功しましたが、その後死亡しました。解剖してみると、癌が肺に転移していました。人間なら「呼吸が苦しい。」とか「胸に違和感がある。」など訴えるところですが、動物は訴えることはできませんし、呼吸に異常も認められませんでした。何かもっと他にすることができなかったのか・・無力感を感じます。

その3 獣医は嫌われ者

 オランウータンやチンパンジーは年1回健康診断を行います。これには、麻酔銃を使い麻酔で眠らせてから、胸部のレントゲン撮影や虫歯の検査などを行います。この行為はチンパンジーにとっては攻撃以外のなにものでもありません。以後彼らは「獣医は敵である」と、認識して、我々がチンパンジー舎と行くと、土や糞を投げてきます。オオカミはイヌ科の動物で飼い犬と同様に年1回ジステンパーの予防注射を行います。一般の飼い犬と違い動物園の動物とはいえオオカミは野生動物なので直接手で保定することはできないので、吹き矢式の注射器でワクチンを注射します。これも彼らにとっては嫌な事です。普段でも園路から獣医が近づくとそれまで寝ていたオオカミが起き上がって警戒するという動作が見られます。寝ていた動物が急に起きあがった時周りを見てください。きっと青い作業服を着た獣医がそばにいると思います。

その4 最後に

 動物の治療に関しては、他の動物園の獣医師と使用する薬や処置方法について情報を交換しています。また、(社)日本動物園水族館協会による「動物園技術者研究会」が毎年開催されています。全国の動物園関係者が集まり飼育繁殖に関する発表や動物の治療に関する研究発表をおこない意見交換をして、各々のレベルアップに努めています。
 また2004年3月現在、BSEや鳥インフルエンザなどの伝染病が発生して、家畜のみでなく動物園の動物にも脅威を与えています。このような伝染病から動物を守ることも獣医師の役目であり、動物園の獣医師の仕事は動物治療のみでなく伝染病の防疫など多方面に渡っています。今後も獣医師の充実や獣医師自身のさらなる技術の向上が必要であると思います。

飼育課 市川 久雄