天王寺動物園では動物園将来計画として、ZOO21計画を策定して、動物が生息する環境を再現した新しい動物舎の建設を進めています。1995年(平成7年)に爬虫類生態館「アイファー」、1997年にカバ舎、1998年にサイ舎が完成しました。当初の予定ではこの後にサバンナ草食獣ゾーン、続いてサバンナ肉食獣ゾーンを建設する予定でしたが、1936年(昭和11年)に建設されたゾウ舎の老朽化が予想以上に進でいることと、飼育している3頭のゾウのうちの2頭(1950年来園個体名:春子、ユリ子)が1999年には50歳となり、暖房設備もない今のゾウ舎では老齢のゾウが健康で暮らすことができないなどの理由から、1997年にサバンナ草食獣ゾーンの次に新ゾウ舎を建設することが決まりました。

 新しいゾウ舎の建設はすんなり決まりましたが、体重が4トンもある大きなゾウをどのようにして移動させるかが大きな問題となりました。当園では前記したゾウ2頭と1970年に来園したゾウを飼育していますが、長年住み慣れた場所からまったく知らない場所へそう簡単には移動してくれません。検討した結果、新しいゾウ舎は古いゾウ舎の10m西側に建設されるので、ゾウにその距離を歩かせて移動しようということで決まりました。しかし、当園でゾウを移動した経験はありませんので、この方法で問題はないのか、具体的に他の動物園のゾウ移動例や有識者の意見を参考に検討していく必要があるため、2001年(平成13年)にゾウの移動プロジェクト会議をゾウ飼育担当者、獣医師、飼育課管理職、飼育現場管理職、工事担当者を中心に課題研究に努めることにしました。そしてこの会議の中で移動作業は必ずゾウ及び作業にかかわる人間の安全を第一に考慮して考えていくことを全員で確認しました。

 新ゾウ舎の工事は2001年の10月に開始されます。工事は第一期工事でゾウ舎とゾウの運動場、第二期工事でサブパドックと残りの運動場、観覧園路を建設します。新ゾウ舎は2002年(平成14年)12月に完成予定で、ゾウの移動は2003年の1月に実施することに決めました。方法はゾウ舎と新しいゾウ舎の間に移動用の通路を作り、ゾウの前足に径13ミリのステンレス製の鎖で足枷をして、同径の鎖をつなぎ、5トンと3トンのチェーンブロックで新ゾウ舎の寝室まで引っぱる方法を採用しました。少々乱暴な方法かもしれませんが、移動はゾウ寝室入口を壊して拡張しなければ、ゾウを移動通路に出すことはできません。1月の寒い時期なので冷たい風が入ってくるゾウ舎にゾウを長く置くことができませんし早く新しいゾウ舎に移すほうがゾウにとっても良いことなのでこの方法を選択しました。この時期にはすでにユリ子は死亡しており、移動するのは春子と博子(1970年入園、2001年現在31歳)の2頭になっていました。

 そして、2002年11月に新しいゾウ舎が完成し、翌月の9日に新ゾウ舎への引渡しになるという予定で、その後に1回目の予行演習を実施する計画を進めていましたが、建設会社の内一社が9日当日に倒産したというニュースが入ってきました。引渡しはその日に終了したものの、代金の支払いについてクリアすべき問題があるということで、問題が解決するまでゾウの移動は中止となりました。しかし、鎖の取り扱い方やチェーンブロックの操作に慣れておく必要があったので予定していた予行演習を実施しました。実際には古いゾウ舎の寝室から新しいゾウ舎の寝室まで移動させるので移動距離が50mになります。チェーンブロックは牽引距離が3mしかありませんので、3m引いては鎖を逆に引いて解除して再び引く作業を繰り返す必要があります。この解除する作業がかなり重労働になるので、チェーンブロックの鎖解除担当の人数を増やすことにして、5トンのチェーンブロックと比べて取り扱いやすい3トンと1トンのチェーンブロックを使用してゾウを引き、5トンのチェーンブロックはゾウが鎖を引き戻さないように鎖を固定するために使用することにしました。

 新ゾウ舎の問題も解決して、ゾウの移動日を4月21日に博子、22日に春子を移動することに決めました。当日はゾウに感づかれないように平常どおりの作業をおこないその延長で移動作業を開始しました。足枷は1年前より訓練していたので、装着を嫌がるようなことはありませんでしたが、寝室の出口(移動路の入口)に来た時にゾウはゾウ舎から移動路に出ることを嫌がり激しく抵抗しました。しかし、博子は移動路に入り最初の馬栓棒(後戻りできないように通路を遮断する装置)を閉めたとたんにその音に驚いて、走って新ゾウ舎の自分の寝室に入りました。春子は、後ろ向きに移動路に入り、ゆっくりとゾウ舎に入りました。その間、ゾウ担当者が大声で春子に歩くように号令をかけ続け、チェーンブロック担当者は必死でチェーンブロックを操作していた事は言うまでもありません。ゾウの移動は2時間か3時間以上はかかると考えていましたが、実際には2頭とも1時間以内に終了しました。時間が長時間に及ぶと作業する人間の体力に不安が出てくる事も考えられたので、短時間で終わってよかったと思います。

 現在は、ゾウを新しい運動場に出す訓練をしています。今年の9月には、第二期工事も完了し、さらに別の新しい運動場に出る訓練をしなければなりませんので、当分の間はお客様にゾウをお見せすることができません。たいへん申し訳なく思っていますが、ご理解のうえ、新しいゾウ舎で再会できる日を楽しみにお待ちくださいますようお願いいたします。

 (飼育課 市川久雄)