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サミーの旅立ち
〜ボク、イギリスへ行くんだよ

2002年3月頃のサミー。
トミーとサッチャンの子どもです。
(天王寺動物園・サイ舎で)

 現在、野生でのクロサイの生息数は、自然破壊と密猟のため約2,600頭(1998年現在)しか生息しておらず、世界の飼育動物園(74園)を合わせても235頭、日本では21頭しか飼育されていません。このような状況の中、クロサイの繁栄を目指し日本の動物園が協力し繁殖計画がスタートしましたが、クロサイを飼育している動物園は少なく限界があります。そこで、世界中の動物園が手を組んで繁殖させていこうと十数年前から立ち上がりました。そしてこの度、当園で1999年11月11日に生まれたオスのサミーがイギリスのチェスター動物園に婿入りすることになりました。

 当園では、過去にクロサイの搬出を経験していますが、新しい獣舎になってからは初めてのことなので、入念なミーティングを重ねサミーの引っ越し計画がたてられました。今回の引っ越しには、チェスター動物園の獣医師とクロサイの引っ越しを何度も経験している、国際サイ財団のアメリカの獣医師が立ち会うことになっており、檻の設計など計画段階からいろいろ協力していただきました。

●引っ越し準備/バナナ大作戦
 まずは、サミーを捕獲用の部屋へ移動させ、数週間かけて新しい部屋に十分に慣れてもらわなければなりません。その間、工場で作成中の檻を数回手直しし、ようやく完成し、今年の2月14日に部屋の出入り口に設置しました。サミーは人一倍臆病者なので、檻にはたっぷりサミーの糞を塗り、におい付けをし、さらに周りは防音シートで囲みました。十分ににおいが付いた一週間後、大好物のバナナなどを檻に入れておきサミーに優しく声を掛けながら初めて扉を開けました。予想していたとおりサミーは檻に驚いて部屋の中で大暴れ、しばらくすると落ち着きを取り戻しましたが、初めて見る檻になかなか近づこうとはしません。前日の餌を少し減らしておいたのと大好物のバナナにつられて、おそるおそる檻に近づきにおいをかぎながらゆっくりと入り始めました。完全に入ったと思った瞬間、バナナをくわえて飛び出してきました。一部始終を見ていた私は、怖いながらもちゃっかりバナナをくわえて出てきたサミーを見て、思わず吹き出しそうになりました。数日経つとサミーも怖がらずに出入りするようになり、檻の前で私が呼ぶとすぐに入ってくるようになりました。準備も着々と進み、いよいよ引っ越しする日が近づいてきました。

●旅立ちの日

 4月9日、サミーとお別れの日がやってきました。目を閉じるとサミーとの思い出が頭の中をかけめぐり胸が締め付けられる思いが増してきましたが、イギリスで多くの子孫を残してもらうためにはしかたがありません。捕獲前にメンバーと作業の段取りを最終確認した後、私はサミーに感づかれないよう、いつものように檻の扉を開け「サミー」と声を掛けました。サミーは何も気づかず檻の中へ入り、バナナやかんぱんを食べ始めました。私は、すぐさま檻の後ろへ回り込み扉を閉めました。サミーは何が起きたのかわからずに数十秒立ちすくんでいました。私は、他のメンバーに閉じ込めたことを連絡し、馬栓棒を入れようとした時、サミーは閉じ込められたことに気づき暴れだしました。1,400kgもある檻が揺れ動くほどのサミーの力に我々スタッフも驚きの色が隠せませんでした。何とか馬栓棒を入れ、次には獣医師が、麻酔の注射を撃つのですが暴れているのでなかなか狙いが定まりません。ようやく撃つことができ麻酔も効き始めました。その数分間大暴れしたため、顔を擦りむき多少出血しましたが大きな外傷もなく、麻酔の量も適量であったため無事に鎮静させることができました。

捕獲檻の設置
天王寺を出発する日。
捕獲檻に入り、麻酔をかけられ、クレーンでトラックに。

 私は、檻の中で眠っているサミーを見てほっとしました。一つ間違えるとサミーの命を落としかねない危険な作業であったため、全身の力が抜けたような気がしました。ほっとするのもつかの間、次はサミーと合わせると2,000kg以上もある檻をクレーン車で吊り上げ、トラックに積み込まなくてはなりません。檻の中でサミーが前の方に寄っているために、なかなか重心をとれず思うように積み込めませんでしたが。捕獲作業開始から約1時間30分後ようやくトラックへ積み込むことができ、捕獲作業に関わったメンバーみんなで握手を交わし、無事に捕獲できたことを喜び合いました。
 「サミーの好物は?」とイギリスの獣医師が私に聞いてきました。チェスター動物園までの長旅になるので途中で与えたいのと、新しい環境に慣れるまで何も食べてくれないかもしれないから教えてほしいとのことでした。すぐに、バナナ、かんぱんなど数種類の好物を用意しました。私はそのとき、イギリスへ行っても優しい気持ちを持った獣医師や飼育員に囲まれて、サミーを大切に育ててくれることを確信しました。

 出発の時間が迫ってきたので、最後に眠っているサミーの顔を撫でながら、長旅の無事とイギリスでの二世誕生を祈ってお別れの挨拶をし、当園からの旅立ちを見送りました。関西空港までは、当園の獣医師2人が麻酔追注などのため付き添っていき、飛行機が飛び立つまで見届けてくれました。次の日、日本時間の午前1時頃チェスター動物園より、無事到着したと連絡が入りました。数日後、元気そうにしているサミーの写真も届き少し寂しく思いましたが、とても頼もしくも見えました。サミーの引っ越しに携わった多くのみなさん、本当にありがとうございました。
 最後に、角があるが故に絶滅の危機に追いやられているクロサイです。その数を減らしたのは、明らかに人間の仕業です。少しでもクロサイの数を増やしていけるように、密猟の撲滅と環境保全に努めていくべきではないでしょうか。   

 

   (飼育課 : 中山宏幸)

 Sammy's Plofile
サミー/Sammy 性別:オス
誕生日
1999(平成11年)11月11日

天王寺動物園のクロサイ

トミー/Tommy
●1982(昭和57)年10月30日、
 広島市安佐動物公園生まれ
●1989(平成元)年9月18日、
 天王寺動物園に来園
サッチャン/Sachan
●1972(昭和47)年2月1日、
  天王寺動物園生まれ
妹・サリー(0歳) /Sarry
●2001(平成13)年9月5日、
  天王寺動物園生まれ

年 齢
2歳
出身地
天王寺動物園
父 親
トミー(19歳)
母 親
サッチャン(30歳)
   
 Red Data Black Rhinoceros
クロサイ 奇蹄(きてい)目 サイ科
サハラ砂漠より南のサバンナや深い薮に生息し、昼より夜間に多く活動する。
 主に木の葉や小枝を採食する。日中は、採食する以外は木陰や泥地で休息しいていることが多い。群れることはない。
 クロサイは、ワシントン条約附属書1に該当する希少動物で、野生下での生息数は2,600頭と推定され、その保護は国際的にも最重要課題と考えられています。
 サイの妊娠期間は約15カ月、寿命は約40年。