このところ、都会でも野生動物と人間の間にさまざまな問題が起こるようになりました。カラスがごみを散らかしたり、イノシシに人や犬がけがをさせられたりといった話題は、みなさんもテレビなどでご存知でしょう。
じつは、こうした野生動物の被害問題は、20年くらい前から日本中の農山村で深刻になり、社会問題になっているところさえあります。お年寄りに聞くと、こんなことは昔はなかった、動物たちが山から下りてきた、と言います。では、どうして野生動物たちは山から下りて来たのでしょうか。
ところで、100年以上前の本や風景画には、おびただしい数の野生動物が日本中で暮らしていたことが描かれています。当然、そのころも野生動物と人間との間にはさまざまな問題があったはずです。なにしろ当時の日本人はほとんどがお百姓さんですから、田畑の被害などは日常的にあったはずです。お百姓さんたちは作物を守るため、毎日のように野生動物を追い払ったり、場合によっては殺したこともありました。しかし、それでも当時の日本人はただの1種類も野生動物を絶滅させませんでした。
その後、明治維新にはじまる近代化と工業化で、日本の社会は大きく変わりました。鉄砲が自由に買えるようになったこともあって、人々は野生動物たちを滅ぼし始めました。この100年間で、オオカミやトキとなどの野生動物が18種類以上も日本から消えてしまいました。こうして、人里近くでは大型の野生動物を目にすることはほとんどなくなったのです。
幸い、日本は森に恵まれ、しかも急峻な山岳国でもありました。なんとか絶滅を免れた動物たちは山のなかでひっそりと生き抜いてきたのです。ところが、この40年ほどで私たちは大規模に森を開発してしまいました。国土の7分の1にも匹敵する森をスギやヒノキの人工林に作り変えたのです。こんな短期間での国土の開発は、歴史上例がありません。しかも、こうした針葉樹の森では多くの野生動物は生きてゆけないのです。
一方で、野生動物たちを守ろうという意識も広がってきました。最近では野生動物をむやみに殺すことも少なくなり、しかも山里は過疎と高齢化で野生動物たちは人間を恐れなくなってきました。少しずつ彼らは山から下りて、かつての住みかに戻って来ました。こうして、日本人と野生動物たちはおよそ1世紀ぶりに向き合うようになったのです。
だから、私たち人間も野生動物たちもどのようにお互いが付き合ったらよいのかわからないのです。私たちの社会も自然環境も、昔とはまったく別の世界になっています。これからこの狭い国土でなんとか折り合いをつけて野生動物たちと共存するには、新しい付き合い方を模索する必要があります。
しかし、野生動物にとって、すでに私たち人間は大きな脅威になっています。なぜなら、野生動物たちの多くが私たち人間の影響で絶滅に瀕しているからです。日本には貴重な野生動物などいないと思っている人は多いのですが、哺乳類と鳥類だけでじつに800種類以上もが記録され、しかもその多くが世界で日本にしかいない固有種と呼ばれる動物なのです。つまり、日本での絶滅は地球上からの絶滅と同じで、これは本当に深刻な事態なのです。
野生動物たちが絶滅するおもな原因は、乱獲、生息地の破壊、そして移入種です。これに最近は、いわゆる環境ホルモンのような化学物質の影響が心配されています。国内ではさすがに最近では乱獲による絶滅は少なくなっています。しかし、じつは世界中の希少な野生動物を買いあさって絶滅の危機に追いやっているのが日本なのです。現在日本では、希少野生生物の輸入件数が年間3万5千件にものぼり、人口あたりでは世界一です。しかし、法律の罰則や規制が甘いために、野生動物の密輸天国となっています。
生息地の破壊も深刻です。とくに西日本では、森の大半を開発してしまったために、ツキノワグマのような天然の森でしか暮らせない野生動物は危機的です。すでに九州では絶滅宣言が出され、四国でも10数頭、中国地方でも数百頭が生き残っているだけです。野生動物は1000頭より少なくなると、絶滅の危険性が極めて高くなります。森を復元しないと取り返しのつかないことになってしまいます。一方で、もともと平野の生き物であるシカなどは、森の中に閉じ込められていると、森を破壊して草原に変えてしまうのです。
また、日本は古くから湿地に恵まれた国でした。現在の平野部はかつてほとんど湿地帯だったのです。この湿地帯の多くは水田に変えられましたが、それでも湿地環境は最近まで維持されたため、水鳥や水生生物の住みかとなったのです。しかし、今では平野の多くが都市に変貌しました。また農業の近代化で水田は乾田(1年の一時期だけ水を張る田んぼ)となり、砂漠化してしまいました。そのうえ、わずかに残されていた湿原や干潟は干拓されました。この半世紀で、じつに4割以上の干潟が失われてしまったのです。
かつて日本の空には、トキ、コウノトリ、ツル、ガンなどの大型の鳥たちが舞っていました。こうした湿地に依存していた彼らが各地で滅びたのは当然なのです。逆に、人間の作った都市環境に適応できたカラスなどの動物たちだけが爆発的に増える結果となりました。
このへんで気づいていただけたでしょうか。この絶滅危惧種たちの問題も、やっかいもののカラスの問題も根っこは同じだということを。結局、問題の原因を作っているのはすべて私たち人間でした。つまり野生動物問題は、野生動物たちの問題ではなく人間自身の問題だったのです。
20世紀は破壊と殺戮の世紀でした。新しい世紀は歴史に学びながら、共存と再生の世紀にしたいものです。数年後には、兵庫県豊岡市で、絶滅したニホンコウノトリの野生復帰プロジェクトが始まります。そのあとトキも続くでしょう。それでも、まだまだ絶滅の淵にいる動物たちはたくさんいます。若い世代の人たちの力が必要です。詳しいことを知りたい方は、昨年刊行した拙著「野生動物問題」(地人書館)をご覧ください。
(はやま・しんいち)
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